採用活動を改善すれば、エンジニア採用の課題は解決できる。そう信じて手を尽くしてきた企業が、それでも思うように人材を確保できないとしたら、問題は採用活動の質ではなく、市場構造そのものにあるかもしれません。
エンジニア採用の難しさを理解するには、現在の採用市場で何が起きているかを正確に把握することが出発点になります。
AI・クラウド・セキュリティ・データエンジニアリングといった高度技術領域への企業の投資は拡大を続けており、高度な技術を持つ専門人材への需要は急拡大しています。しかし、採用市場全体を俯瞰すると、興味深い事実が見えてきます。
2026年3月の採用市場レポート(内藤一水社)によれば、全体の有効求人倍率が1.18倍まで低下し、正社員の有効求人倍率が1.0倍を下回る「1倍割れ」が常態化する中で、IT技術者の求人広告掲載件数は前年同月比で35.7%増と際立った伸びを見せています※1。
労働市場全体が緩和に向かいながら、高度IT人材への需要だけが逆行する形で急伸している構図です。
需要が高まるIT人材の一方で、国内の供給は追いついていません。
厚生労働省が運営する職業情報提供サイト「job tag」によれば、ITエンジニアの求人倍率は常時2.1〜2.7倍で推移しており、特にAI・クラウドといった先端技術系の領域はさらに高い水準にあるとされています※2。
そして経済産業省の試算では、2030年には最大79万人のIT人材不足が生じると予測されており、特にAI・クラウド・DX推進・セキュリティ領域の需給ギャップの拡大が指摘されています※3。
需要が先行し、供給が構造的に追いつかないという状況は、採用活動の工夫だけでは覆せないものです。
供給が限られた人材をめぐって、多くの企業が同時に獲得を目指す状況は、採用競争の激化を生んでいます。
高い報酬を提示できる大手企業や外資系IT企業が採用市場で存在感を高める中、中堅・成長企業にとっては同じ市場での競争自体が不利になりやすい構造があります。採用手法を磨き、採用広報を強化しても、そもそもの母集団の絶対数が限られている以上、得られる成果には自ずと限界が生じます。
市場の変化を踏まえると、採用活動の改善だけで課題を解決しようとすることへの限界が見えてきます。
求人広告を出し、スカウトを送り、採用広報を強化して母集団を広げようとしても、そもそも市場に存在するAI・クラウド・セキュリティの専門人材の絶対数が限られている以上、母集団そのものが広がりにくい状況があります。採用チャネルを増やすことは有効な施策ですが、供給量そのものが少ない領域では、チャネルを広げても手が届く人材の総数には上限があります。
競争が激しい採用市場では、選考プロセスを短縮し、内定承諾までの時間を縮める「採用スピード」が重要な要素として語られます。
しかし、同様の工夫を多くの企業が実施する中では、スピードだけで差別化することも難しくなっています。スピードが上がっても、候補者が複数の企業から同時にオファーを受けているという構造は変わらないからです。
かつての採用要件と、いまの技術戦略に必要な人材像は、大きく異なることがあります。「Webエンジニアが欲しい」という要件で採用できた時代から、「LLMの応用実装を担えるAIエンジニア」「クラウドネイティブな基盤を設計できるアーキテクト」という要件が求められる時代への変化は、求める人材のレベルと希少性を一段引き上げました。
採用活動の改善だけでなく、そもそも何を採用しようとしているかという採用要件の設計自体を、技術戦略から逆算して見直す必要があります。
採用市場の構造的な限界を受け入れるならば、採用活動の改善から、人材供給そのものを設計するという発想への転換が必要です。
採用市場に存在しない人材を、自社で育成するという視点が重要になります。AI・クラウドなどの先端領域でも、基礎的なエンジニアリングの素養を持つ人材を採用し、実務の中で育成していくことで、採用市場への依存度を下げることができます。
実際、IPA(情報処理推進機構)の調査では、未経験から育成した人材のほうが長期定着率が高い傾向があるとされており、育成は採用の代替手段としてだけでなく、組織の安定という観点からも検討に値する投資といえるでしょう※2。
採用だけに依存せず、業務委託や外部パートナーとの協働を通じて、必要な専門性を外部から補完する選択肢も有効です。外部人材の活用は、採用が完了するまでのつなぎとしてだけでなく、特定の技術領域を戦略的に外部に担わせるという設計の観点から位置づけることで、その価値は高まります。
国内採用市場の構造的な制約を補う手段として、グローバルな人材市場へのアクセスという選択肢があります。インドをはじめとするグローバルな人材市場には、AI・クラウド・セキュリティといった高度技術領域の専門人材が豊富に存在しており、EOR(雇用代行)などの仕組みを通じて継続的な雇用関係を結ぶことも現実的になっています。
国内採用市場という単一のプールへの依存から脱却し、複数の供給源を持つ発想が、採用市場の限界を乗り越えるための根本的なアプローチです。
採用活動は、市場にいる人材を探して選ぶ活動です。しかし、必要な専門性を持つ人材が市場に少なければ、どれだけ探しても限界があります。
技術戦略を実行し続けるために必要な人材を、採用・育成・外部活用・グローバル人材という複数の手段を組み合わせて、継続的に確保していく仕組みを持つことが重要です。
「いまの採用市場に何がいるか」を起点にするのではなく、「技術ロードマップの実行に何が必要か」を起点に、人材供給の設計を行うという順序の転換が求められます。
採用市場の限界は、採用担当者だけが直面する問題ではありません。技術戦略を立案するCTOや経営層が、人材供給を技術戦略の一部として組み込んで設計することが、この問題への本質的な対応です。
どの技術領域で何を実現するかという戦略と、それを担う人材をどう確保するかという計画を、分離せずに一体として設計することが、技術戦略を実行可能なものにする条件になります。
国内の高度IT人材不足は構造的であり、求人票や選考スピードの工夫といった採用活動の改善だけでは限界があります。
この壁を乗り越えるには、技術ロードマップから逆算した「人材供給の設計」への転換が不可欠です。社内育成・外部パートナー・海外高度人材(EOR活用等)を戦略的に組み合わせ、単一市場に依存しない複線的な調達ルートを構築することが解決策となります。