技術戦略は「描く」だけでは進みません。実行を支える人材供給と開発体制こそが、戦略の実現速度を決める変数になっています。
IT人材不足は、もはや採用部門だけの課題ではありません。
経済産業省の試算では2030年に最大約79万人のIT人材が不足するとされており※1、パーソルキャリアが運営する「doda」の転職求人倍率レポートでも、IT・通信エンジニアの求人倍率は他職種を大きく上回る水準で推移しています※2。
採用市場全体が売り手優位にある中で、必要なスキルを持つ人材を計画通りに確保することは、もはや前提として成立しません。
この状況が経営層やCTOにとって深刻なのは、人材不足が「採用が大変」という現場の苦労話で終わらず、技術戦略そのものの実行可能性を制約することです。
事業成長に対して開発組織が追いつかないケースは典型的です。新規プロダクトの開発計画やロードマップは描けても、実装を担うエンジニアが確保できなければ、計画は机上に留まり、営業やプロダクト側が描く成長曲線と、開発組織がスケールできる速度の間に、構造的なギャップが生まれています。
DX・AI活用についても同様です。IPA「DX動向2025」の調査では、日本企業のうち何らかの形でDXに取り組んでいる企業の割合は約8割(77.8%)に達したということです※3。
しかし構想や予算がついても、実装・運用を担う専門人材が不足していれば、PoCの段階で止まってしまうプロジェクトは少なくありません。AIやクラウド、セキュリティといった先端領域は、既存社員の習熟に時間がかかる一方、採用市場でも最も競争が激しい層にあたります。
さらに見過ごされがちなのが、技術的負債の解消が後回しになる問題です。新規開発に人員を割けば、レガシーシステムの刷新や保守体制の強化に手が回りません。目先の事業要求と中長期の技術基盤整備が、限られた人員を奪い合う構図になっています。
人材不足は「数」の問題だけではなく、「質」と「スピード」の両面で技術責任者を圧迫しています。
まず、採用市場に必要スキルを持つ人材自体が少ないという課題があります。レバテックの調査では、エンジニア採用目標が未達となる企業の主な理由として「求めるスキルを持つ人材の不足」が51.2%で最多に挙げられています※4。
プログラミングの基礎を持つ人材は増えていますが、AI・クラウド・セキュリティといった事業に直結する高度な専門性を持つ層は、依然として限られた母集団に留まっています。
次に、即戦力採用の競争激化があります。経験者採用は入社後すぐに戦力化できる利点がありますが、それゆえに競争率が高くなります。GAFAMなどの外資系企業が日本国内でも採用を強化しており、高待遇のオファーによって優秀な人材が流出する動きも続いています。中堅・成長企業が同じ条件で対抗するのは容易ではありません。
育成だけでは事業スピードに追いつかないという現実もあります。社内のリスキリングや若手育成は中長期的に重要な施策ですが、専門領域の戦力化には年単位の時間がかかります。事業がいま必要としているスピードと、育成が結果を出すまでの時間軸は、根本的にずれているのです。
こうした制約の中で、国内採用のみに依存した体制拡張には限界が見えてきています。
採用単価と採用期間の上昇が続いています。厚生労働省「一般職業紹介状況」の職業別統計では、情報処理・通信技術者の有効求人倍率は全職業平均を上回る水準で推移しています※5。獲得競争が激しくなるほど、提示すべき報酬水準は上がり、採用が決まるまでの期間も長期化します。
特定の技術領域における人材不足が顕著です。AI、クラウドネイティブ、セキュリティなど、事業の競争力を左右する分野ほど、国内の供給が需要に追いついていません。ポジションが空いたまま事業計画が進んでしまう状況も珍しくありません。
地方・中堅企業ほど採用競争で不利になりやすい構造があります。知名度やブランド力、提示できる待遇で大手企業に劣後しやすく、母集団形成の段階から苦戦するケースが多くなっています。国内市場という同じ土俵で戦う限り、この不利は構造的に解消しにくいといえます。
こうした構造的な制約に対する現実的な選択肢の一つが、人材供給源を国内市場の外に広げることです。
日本のIT人材の供給源を海外に求める場合、高度な技術力を誇るインド、英語力とコストパフォーマンスを持つベトナムやフィリピン、政府主導でデジタル化が進む台湾などが注目されています。
なかでもインドは、世界有数のエンジニアリング教育基盤を持つ国として圧倒的な規模と質を誇ります。インド工科大学(IIT)をはじめとする理工系大学から、毎年大量の人材が市場に供給され、AI・機械学習・クラウドといった先端領域での実績を持つ層も厚いのが特徴です。
Tech Japanが運営するインド人材データベース「Talendy」のように、トップ大学出身の高度人材プールへ直接アクセスできる仕組みも整いつつあります※6。
海外人材を組み込む意味は、単なる人員数の確保にとどまりません。開発組織のスケール手段そのものを増やせることが本質的な価値です。国内採用という単一チャネルに依存していた体制から、複数の供給源を持つ体制へ移行することで、採用の機動力が高まります。
技術領域ごとに人材ポートフォリオを組めるようになる点も重要です。要件定義や顧客調整を担うコア人材を国内に置き、スケールが必要な実装領域を海外人材で構成するなど、役割に応じた最適な配置が可能になります。
インド全国ソフトウエアサービス産業協会(NASSCOM)のデータでは、インドにGCCを構える企業は1,700社を超え、このうちアジア太平洋(APAC)企業が約140社、その中の約50社が日本企業だとされています※7。日本企業による体制設計は、すでに実践フェーズに入っているのです。
技術戦略を実行可能なものにするには、採用チャネルを一本化せず、複数の選択肢を組み合わせる発想が欠かせません。
国内採用・海外採用・外部パートナーは、それぞれ異なる強みを持っています。国内採用は事業との距離が近く、要件変更への対応力に優れていますが、海外採用は供給量とコスト効率に強みがあり、特定の技術領域を素早く強化できるのが強みです。
いっぽう外部パートナーやSESは、スピードと柔軟性を補完する役割を担います。これらを事業フェーズに応じて使い分ける視点が、体制設計の出発点になります。
同時に、正社員採用だけに依存しない体制設計も求められます。EOR(雇用代行)スキームを活用した海外人材の雇用や、GCCのような自社主導の海外開発拠点など、雇用形態の選択肢は広がっています。正社員採用という単一の手段にこだわらないことが、人材確保のスピードと柔軟性を両立させる鍵となるでしょう。
何より重要なのは、中長期でグローバル開発組織をつくるという視点を持つことです。海外人材の活用を一時的なリソース補填ではなく、技術戦略を実行し続けるための恒常的な体制として位置づける企業が、次の競争優位を築いていくでしょう。
技術戦略の成否は、もはや構想の巧拙だけでは決まりません。それを実行し続けられる人材供給と開発体制を、どれだけ早く構築できるかが問われています。