開発組織が事業成長に追いつけない原因は、人手不足だけではありません。組織として機能する力=組織能力(Organizational Capability)に目を向けないと、課題の本質は見えてきません。
開発組織がうまく機能していないとき、最初に挙がる説明は「人が足りない」というものです。しかし、人数を補うことだけに焦点を当てていると、見落としてしまう課題があります。
組織が小さいうちは、メンバー間の会話だけで意思決定や情報共有が成立します。しかし規模が大きくなるにつれて、コミュニケーションの経路は急激に増え、誰が何を知っているか、誰が何を決められるかが見えにくくなっていきます。
採用によって人数を増やしても、その人数を機能させる仕組みが伴わなければ、組織は規模に比例して複雑さだけを抱え込むことになります。
開発体制は「内製・外部活用・海外人材を組み合わせた技術戦略の実行体制」です。しかし、体制図の上で人員配置を整えたとしても、それがそのまま成果につながるとは限りません。役割は配置されているのに、意思決定が滞る、知識が共有されない、優先順位が揃わないといった状態が起きることがあります。
ここで提示したいのは、「採用できない」という採用の問題ではなく、「組織として機能しない」という、より根本的な問題です。人を集めることと、その人たちが組織として力を発揮できることは、別の問題なのです。
開発組織がスケールしない背景には、いくつかの典型的な課題があります。それぞれは個別の問題に見えますが、根は「組織として機能する力が育っていない」という一点に通じています。
これら5つは、別々の対策で解決できるように見えますが、実際には互いに絡み合っています。
採用が不足すれば属人化が進み、属人化が進めば技術的負債は放置されやすくなり、技術的負債が増えればマネジメント層の負荷は高まり、マネジメントが整わなければ外部人材を活かす体制も作れません。一つの課題への対処が、別の課題を悪化させる構造になっていることが少なくないのです。
これらの課題が長期化しやすいのには理由があります。多くの組織が、課題への向き合い方そのものでつまずいているのです。
属人化が問題視されればドキュメント整備の施策を打ち、技術的負債が問題視されれば改善スプリントを設ける―――こうした個別の対応は一定の効果を持ちますが、課題同士のつながりを見ないまま対処すると、別の場所で新たな問題が生まれてしまいます。組織全体としてどう機能させるかという視点を欠いた個別最適は、課題のもぐら叩きになりがちです。
「人が足りないなら採用すればいい」という発想は自然なものですが、組織能力の問題を採用だけで解決しようとすると、構造的な限界に行き着きます。採用市場そのものが厳しい状況にあることは、これまでの記事でも触れてきました。それに加えて、採用した人材が組織の中で力を発揮できるかどうかは、採用の成否とは別の問題です。採用は組織課題の一部の解決策にはなりますが、すべての解決策にはなり得ません。
事業が成長するスピードに追われると、目先の人員確保が優先され、組織そのものの設計を見直す時間が後回しになりがちです。しかし、役割分担や意思決定の仕組みが整わないまま人数だけを増やすと、組織はかえって機能しにくくなることがあります。必要なのは、採用を進める前に、その人材がどう組織の中で機能するかを設計する視点です。
ここまで見てきた課題を踏まえると、開発組織をスケールさせるための発想は、採用そのものから組織設計へと軸を移す必要があります。
組織をスケールさせる出発点は、「いま誰がいるか」ではなく、「技術戦略を実行するためにどんな役割が必要か」です。必要な役割を先に定義し、それぞれの役割にどのような専門性と権限を持たせるかを設計してから、その役割を誰が担うかを考える。この順序を踏むことで、属人化やマネジメント不足といった課題の発生を未然に防ぎやすくなります。
前回の記事で触れた通り、開発体制は内製・外部パートナー・海外人材という複数の選択肢を組み合わせて設計するものです。組織設計においても、すべての役割を自社の正社員だけで満たすという前提を外し、外部人材や海外人材をあらかじめ組織図の中に組み込んでおくことで、採用市場の制約に左右されにくい組織を作ることができます。
エンジニアの採用や育成には投資が行われやすい一方で、マネジメント機能への投資は後回しにされがちです。しかし、組織がスケールするほど、意思決定を支え、チーム間の連携を整えるマネジメント層の役割は重要になります。技術力への投資と同じ比重で、組織を機能させるマネジメントへの投資を行うことが、スケールする組織をつくる条件になります。
最後に、技術責任者が組織づくりにおいて持つべき視点を整理します。
組織がうまく機能していないとき、その原因をすべて「人が足りないから」に帰結させてしまうと、本質的な課題は見えなくなります。属人化やマネジメント不足、技術的負債といった課題は、採用人数を増やすだけでは解決しません。組織課題は組織課題として、正面から扱う必要があります。
開発体制は「誰が開発を担うか」という調達の話であり、開発組織は「その人たちがどう機能するか」という運用の話です。この二つを混同すると、体制を整えただけで満足してしまい、組織としての機能不全に気づきにくくなります。両者を分けて捉えることが、課題を正確に見極める第一歩です。
開発組織は、一度作ったら完成というものではありません。事業のフェーズが変われば、必要な役割も、求められる意思決定のスピードも変わります。組織は完成形を目指すものではなく、事業フェーズに応じて変化させ続けるものだと捉えることが、技術責任者にとって欠かせない姿勢になります。
開発組織がスケールしない理由は、採用不足だけでなく、属人化・技術的負債・マネジメント不足などが絡み合った組織能力の課題にあります。組織を完成形ではなく変化し続けるものと捉える視点が、これからの組織づくりに求められています。