内製化を目指す企業は増えています。しかし「内製化したい」という意欲と現実の間には、依然として大きな溝があります。なぜ内製化は思うように進まないのか、その構造を整理します。
内製化に取り組もうとしても、なかなか前に進めない企業には、いくつかの共通したパターンがあります。PwC Japanの「2025年DX意識調査」によれば、システム開発をすべて自社社員で実施している企業は約2割にとどまっており、多くの企業で内製化は道半ばの状態にあります※1。
この調査では、内製化停滞の背景に技術そのものの不足ではなく、技術を価値に変換する「How」が変わっていないことがあると指摘しています。
「SIerへの依存を減らしたい」「開発スピードを上げたい」という動機は多くの企業に共通していますが、何を内製化し、どの程度の内製比率を目指すのかという具体的な目的が定まっていないケースがあります。
目的が曖昧なまま内製化を進めると、採用基準も育成の方向性も定まらず、結果として「人は増えたが体制は変わっていない」という状態に陥りやすくなります。
内製化を実現するために、まずエンジニアを採用しようとすることは自然な発想です。しかし、採用に成功しても、そのエンジニアが機能できる開発プロセス、技術基準、役割設計が整っていなければ、力を発揮できないまま組織に馴染めなかったり、早期に離職してしまうことがあります。
採用は内製化の手段の一つにすぎず、それだけでは内製化は実現しません。
採用や技術の整備を優先するあまり、組織設計が後回しになることも内製化が進まない原因の一つです。
誰がどの役割を担い、どのように意思決定し、外部パートナーとどう連携するかという組織の設計が曖昧なまま人数だけを増やすと、開発の混乱や責任の所在の不明確さが生じやすくなります。組織設計は、採用と同時並行で進めておきたい領域です。
内製化が進まない企業の背景には、複合的な課題が絡み合っています。
内製化に必要なスキルを持つ人材の確保が難しいことは、多くの企業が直面する課題です。
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2025」では、内製化を進めたいと考えている企業が多い一方で、「システム開発の難易度が上がるなか、それに追随できる人材を確保することが難しい」という実態が示されています※2。
特に、内製化をリードできるシニアエンジニアやアーキテクトクラスの人材は採用市場でも希少であり、体制の核となる人材が揃わないまま内製化が止まるケースは少なくありません。
長年外部委託に依存してきた企業では、既存システムに技術的負債が積み上がっていることが多くあります。ドキュメントが整備されていない、レガシーな技術スタックへの依存、属人化した設計など、内製チームが着手しようとした途端に複雑さに直面するケースが頻発します。
技術的負債が大きいほど、内製チームが新しい価値を生み出すことよりも、既存システムの理解と維持管理に多くのリソースを割かれてしまいます。
内製化を進める過程では、既存の外部パートナーとの関係を整理する必要があります。しかし、どの領域を内製化し、どの領域は引き続き外部に任せるかという役割分担が明確でないまま移行を進めると、二重投資や責任の曖昧さが生じます。
JUAS「企業IT動向調査2025」でも、「ベンダーに依存し続ける結果、ナレッジの蓄積が進まない状況」が多くの企業で起きていると指摘されています※2。内製化は外部との関係を切ることではなく、役割分担を再設計することです。
事業が成長する速度に対して、内製開発組織の設計が追いつかないことも課題の一つです。小規模なチームで機能していた組織設計が、人数が増えるにつれて機能しなくなることがあります。チームの分割、役割の専門分化、意思決定プロセスの整備など、組織設計は事業フェーズの変化に合わせて継続的に見直す必要がありますが、この対応が後手に回ると、内製化によって期待していた開発スピードがかえって低下するという逆効果が起きることもあります。
これらの課題を乗り越えるには、「採用を頑張る」という発想から離れ、より根本的な視点の転換が求められます。
内製化を始める前に、技術戦略から必要な開発体制を逆算することが出発点になります。どの技術領域で、どのような開発能力を自社に持つことが事業にとって重要かを明確にし、そこから「何を内製化するか」を定義します。この定義がなければ、採用も育成も方向性を持てません。
内製化の範囲と優先順位を技術戦略から導き出すことで、現実的な計画が立てられます。
「内製化=すべて採用で賄う」という発想を手放すことが重要です。コアとなる技術判断や設計は採用・育成で内製化しつつ、特定の専門領域や実装の一部は外部パートナーや海外人材と協働する、という設計が現実的です。
育成については、採用した人材が継続的にスキルアップできる環境を組織として整えることが、中長期的な内製能力の向上につながります。
すべてを一度に内製化しようとすると、人材が揃わないまま計画だけが先行してしまいます。まずコアとなる領域の内製化から着手し、外部パートナーと並走しながら経験を積み、徐々に内製比率を高めていくアプローチが、リスクを抑えながら内製化を実現する現実的な道筋といえるでしょう。
内製化とは、エンジニアを採用することではなく、開発能力を自社に根付かせる組織づくりのプロジェクトです。
技術選定、人材確保、開発体制の構築、組織設計という4つの要素が連動して初めて、内製化は機能します。一つが欠けていれば、他の要素が揃っていても成果につながりにくくなります。内製化の計画を立てる際は、この4つを個別の課題として扱うのではなく、一体として設計することが重要です。
内製化に「完成形」はありません。事業の成長、技術の変化、市場の動向に応じて、内製化の範囲や開発体制のあり方は継続的に見直しが必要です。「内製化を実現した状態」を目標にするのではなく、「変化に対応しながら開発能力を継続的に高められる組織」を目指すことが、内製化を長期的な競争優位に変えるための視点です。
内製化が進まない最大の原因は、それを採用課題として捉えることにあります。開発体制と組織設計まで含めて設計する、いわば「組織づくりのプロジェクト」として取り組む姿勢に切り替えることが、内製化を前進させるための本質的な第一歩といえるでしょう。
内製化が進まない原因は、採用難だけでなく、目的の曖昧さや技術的負債、組織設計の遅れにあります。内製化とは単なる人員増員ではなく「開発能力を自社に根付かせる組織づくり」です。
全業務の内製を目指すのではなく、コア領域の技術的意思決定を自社で担い、外部パートナーや海外人材との協働を通じて段階的に内製比率を高める開発体制の再設計が成功の道筋となります。